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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2410号 判決 1967年11月28日

控訴人 鈴木鶴雄

右訴訟代理人弁護士 相見史郎

被控訴人 東商信用金庫

右訴訟代理人弁護士 安藤章

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、被控訴人を債権者、訴外会社を債務者とする東京地方裁判所昭和三七年(ケ)第三一七号不動産競売申立事件について控訴人が訴外会社に対し金二、三四三、五九八円の貸金債権を有するので、この執行力ある正本にもとずいて配当要求をなしたこと、右裁判所は昭和三八年一〇月一〇日原判決添付売却代金交付計算書(一)および(二)記載のとおり売却代金交付計算書を作成したこと、控訴人は右一〇日の配当期日に出頭し右計算書に記載されている被控訴人の債権は当時存在しないものであると異議を述べ、同日異議が完結しなかったこと、被控訴人は訴外会社との間に昭和三五年三月二三日元本極度額を金五〇〇万円とする手形貸付、手形割引等の方法により金銭を貸し付ける旨の諾成的消費貸借契約および根抵当権設定契約を結び、さらに同年四月一八日元本極度額を金四〇〇万円とする同種の契約を結び、右両日訴外会社所有の土地建物についてそれぞれ前記元本極度額の根抵当権を設定したうえ、同会社に対し第一目録1ないし3および5ないし7(ただし、3の貸金債権の貸付日を昭和三五年八月三日と、6の貸金債権の貸付日を同月二二日と、7の貸金債権の貸付日を同年六月二四日と訂正する。以下同じ)記載のとおり貸し付けたことおよび訴外会社は第二目録(ただし7ないし9の定期預金とあるのを定期積金と訂正する。以下同じ)記載のとおり被控訴人に対し預金等の金銭債権を有していたが、被控訴人は前記各契約に定められた失権約款にもとずいて昭和三七年九月二二日訴外会社到達の内容証明郵便によって右預金等の金銭債権を受働債権とし、前記貸金債権(元本利息、遅延損害金を含む)を自働債権として対等額で相殺する旨の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、まず控訴人は被控訴人の訴外会社に対する前記貸金債権のうち昭和三五年三月二四日貸付の金五〇〇万円(第一目録1の債権)および同年四月一五日貸付の金五〇〇万円(右目録2の債権)のうち金四〇〇万円の計金九〇〇万円が前記根抵当権によって担保されており、これが前記相殺によって消滅したのであるから、相殺により残債権は本件根抵当によって担保されるものではない旨主張する。そこで控訴人主張のとおり第一目録1記載の金五〇〇万円および同2記載の金五〇〇万円のうち金四〇〇万円の合計金九〇〇万円の債権のみが本件根抵当権によって担保され、他は無担保で貸し付けられたか否かについて判断する。昭和三五年三月二三日および同年四月一八日に被控訴人と訴外会社との間に取り交された手形取引約定書<省略>および根抵当権設定契約証書<省略>の外に、さらに昭和三五年三月二四日付の訴外会社作成名義の手形取引約定書<省略>が存在する。前記甲第七号証の一、二<省略>の手形取引約定書には貸付限度額を金五〇〇万円ないし金四〇〇万円と記載しあり、前記根抵当権設定契約証書記載の元本極度額にそれぞれ対応するに対し、甲第八号証の手形取引約定書にはこれに対応する根抵当権設定契約証書が存在しない。そして、成立に争のない甲第一三号証には証人井口淑雄の本件貸付金のうち根抵当によって担保される金九〇〇万円をこえる部分は前記第八号証の約定書によって貸し付けられた旨の供述記載がある。これらの証拠によると控訴人の右主張を認めることができるようであるが、しかし以下の理由によって右各証拠は控訴人の主張を認める資料とすることができない。

まず右甲第八号証の成立について判断すると、<証拠省略>によれば、被控訴人が本件任意競売の申立をする際被控訴人の担当係員が甲第二号証の一、二の根抵当権設定契約書だけでは不十分と考えあらかじめ訴外会社から提出させていた同会社代表者の記名捺印のある手形取引約定書<省略>に貸付限度額一八〇〇万円および作成日付昭和三五年三月二四日を勝手に記入し競売の形式を整えたことおよび被控訴人と訴外会社には甲第二号証の一、二<省略>および甲第七号証の一、二<省略>の契約書に示されている昭和三五年三月二三日および同年四月一八日の二回にわたる手形取引契約および根抵当権設定契約がなされただけであって甲第八号証に示されるような手形取引契約が結ばれた事実がなかったことが認められ、この認定に反する甲第一三号証の供述記載は信用できない。被控訴人と訴外会社の間の貸付金は第一目録1および2記載の貸付だけですでに約定の貸付ないし担保の限度額金九〇〇万円をこえ、さらに四回にわたり合計金一、六五〇万円が貸し付けられたが、<証拠省略>によれば被控訴人としては前記根抵当権および第二目録記載の定期預金等を担保として手形貸付によって前記貸金を貸し付けたことが認められる。以上の諸点を総合すると、なるほど前記<証拠省略>によれば、本件根抵当権の設定契約書には前記昭和三五年三月二三日および同年四月一八日の二回にわたる貸付限度額を金五〇〇万円および金四〇〇万円とする手形取引契約にもとずく債権を担保する旨の記載があることが認められるが、しかし金九〇〇万円の限度額をこえたる本件貸金債権全額二、六五〇円が本件根当権によって金九〇〇万円の極度額で担保されていると認めるのが相当である。けだし、根抵当権は債権者、債務者間の継続的取引から生ずる一団の不特定の債権を決算期において約定の極度額で担保するもので貸付当時右限度額をこえる貸付があっても、この超過貸付が根抵当権の被担保債権でないと解すべきでなく、また本件手形取引契約に右の如き貸付限度の定めがあるといえ、これはこの限度をこえて被控訴人が手形貸付または手形割引等の方法による貸付の義務を負担しないというにとどまり、この限度をこえて右方法によって貸し付けた以上特別の事情のない限り右手形取引契約によって貸し付けたと解するのが相当であるので、この観点に立って前記諸点を考えると、たとえ被控訴人が貸付にあたって訴外会社に明確に本件根抵当権によって担保されるものであることを表示しなくても、本件貸金はすべて本件根抵当権によって担保されると解するのが当事者間の意思に合致するものと認められるからである。以上の理由によって控訴人の本主張は採用できない。

三、昭和三七年九月二二日なした被控訴人の本件相殺の意思表示の効果について判断する。まず控訴人は右相殺の意思表示には自働債権が第一目録1および2記載の債権九〇〇万円に限られる旨特に指定されていると主張する。原審証人野中務男の証言によって右相殺の意思表示をした内容証明郵便であると認められる甲第一号証<省略>の記載に「貴殿へ御貸付の金二、六五〇万円也については昭和三五年三月二三日および同年四月一八日付根抵当権設定契約証書にもとずき貴殿名義預金債権と相殺し」とあって、右記載には自働債権を特に前記1および2の債権に特定している語句はなく、また昭和三五年三月二三日付および同年四月一八日付根抵当権設定契約証書にもとずきという語句は既に認定したように本件根抵当権は前記二六五〇万円の貸金債権全額を担保するもので右1および2の債権のみを担保するものではないから控訴人の本主張は理由がない。次に控訴人は自働債権のうち右1および2の債権のみが根抵当権によって担保されているので法定充当により他の無担保の債権に先立って相殺に供せられ消滅した旨主張するが、右1および2の債権のみでなく全債権が本件根抵当権によって担保されているから右主張は理由がない。

本件相殺における被控訴人の自働債権は第一目録記載の貸金債権全額合計二、六五〇万円であって、そのうち金八〇〇万円の債権は昭和三五年一二月三一日を弁済期とし、その他の債権はいずれも支払を猶予されて右の日を弁済期とされるにいたったことおよび訴外会社の受働債権は第二目録記載の利息および遅延損害金を含めた全債権合計金一七、二五七、五九〇円であることは当事者間に争がない。被控訴人は自働債権の履行期である昭和三五年一二月三一日の経過をもって相殺適状とし、未だ満期にいたっていない定期預金債務(第二目録1および2記載のもの)については満期までの利息を加算し期限の利益を拠棄して相殺をした旨自陳する。そこでこれらの事実にもとずいて相殺の計算をすると、自働債権額は受働債権を超過しているので民法第四八九条の趣旨に則り同条第四号によって相殺充当すれば、相殺後の残額は別紙計算表ⅡC欄記載のとおり金九、二四二、四一〇円となることが計数上明らがである。貸金債権の約定遅延損害金は日歩六銭であることは前記甲第七号証の一、二<省略>によって明らかであるから貸金残元本は右表ⅡD欄記載のとおり金五、六一七、五三四円になること計数上明白で、従って本件配当期日であること当事者間に争のない昭和三八年一〇月一〇日現在の被控訴人の債権は同表Ⅱ残債権欄記載のように金一四、八五九、九四四円(なお同欄には出資未払金一〇〇〇円を加算しているが、これが本件根抵当権により担保されるか明らかでないので除算した)となる。

以上述べたところによれば本件配当期日に被控訴人は本件根抵当権により担保されている債権金一四、八五九、九四四円であるからその極度額九〇〇万円について配当を受ける権利があること明らかである。よって控訴人の本訴請求は理由がないので棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却すべきものとし、<以下省略>。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 上野宏 鈴木醇一)

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